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チュニジアを有機農業の国に

◆第2回チュニジア訪問~チュニジアの支援と農業問題

自由経済と経済のグローバル化は正しい道か?

c027.jpg有機農業の基本的理念は、自然界のなかで全ての生命体が共生を根底において、共生の中で農産物の生育を具現化させる環境を持続することである。


チュニジアで改めて感じる農業のグローバル化問題
人類は全て固有の文化を育成し、その地域に根付いてきた。
農産物の生産と生活文化から生まれてきた手工業は地域文化であり、全ての生命体との共生の基礎となって育んできた。
過去の農業では、農薬と化学肥料を大量に投下し生産効率を高める事に成功し農業生産の構造的変化が世界を席巻した。
その結果は、全てに成功を納めたのではなく、地域固有の生命体を絶滅の危機に追い込み、多くの環境汚染を拡大させた経緯がある。
c005.jpg経済のグローバル化は、生産効率が優先し、生産効率から得られた価格が優先する。これまでは生産に伴う環境汚染の負荷に対する価格は、製造コストに反映されていない。
地域に根付いている農産物や手工業は、一つの地域の生命体であり、地域と共生した文化を構築してきた。地域の山や河川、自然の共生している生物と一体になり、生命体を維持してきた歴史がある。
(写真:世界遺産 ローマ遺跡→)

産業構造を全て目先の効率で捉えたとき、生産効率の脆弱な産業は衰退化する。地域産業の衰退は、これまで共生してきた植生や何百年も継続して持続してきた 自然界へダメージを与える原因を造り出す。自然界へのダメージは、山の治水、草や樹の繁殖バラスだけではなく、全ての生命体への影響が拡大する。鹿やイノ シシ、猿や熊が人里に進入し畑を荒らす獣害は山の荒廃による人為的被害である。

日本の山林、放棄農業地は正にその見本的構造を示している。
経済の拡大から生じる自然界へのダメージが拡大すると必然的に人々への影響として現れており、大都市の新たな進歩的な構造物の乱立と相反し地方では荒廃す る大地の拡大を広げている。新たな投資で繁栄した地域とその数十倍の面積で荒廃する大地の格差は、人々の貧富の格差と同じ構造を造りだしている。
米国、EUそして中国も同じ構造にあり、世界の貧富格差から生じる社会問題の改善への道は見えていない。皮肉なことに先進国ほど荒廃した大地が多い。


TPP加入議論と経済のグローバル化
貿易の自由化は過去には日本経済の復活には大きな貢献がみられた。
世界各国に与えた影響はどのようであったのか、その検証が必用である。
後進国や米国、EUそして、韓国、中国に対して同様な影響を与えていたのか、地域の文化や農業、手工業そして地域の環境に与えた影響の検証はされていない。
世界各国が経済の安定と発展そして地域環境にどのような影響を与えていたのかを見直しが必用である。

世界の経済は何時の時代も安定を求められているが、安定な時期は少なく、激動が繰り返されている。先進国、発展途上国共に、貧富の差は解消できていない。貧富の格差は次の不安定要素を造り出す。
世界的に貧富の格差は、農民とコングロマリット、底辺の労働者と経営者の差である。
グローバル経済の要求は、農民の声や底辺の労働者の声でなく、コングロマリットを始めとする経営者の声であり、相場を左右する金融資産家、事業家の声である。金融資産家および事業家や経営者の声に影響されているのは、政治であり、経済学者そしてマスコミである。
政治家や経済学者は数値を操り正当性を整える工作を作りあげ、事業家との利権に絡む行政が新たな施策に取り組んでいる。

グローバル化は、経済力を拡大し、より大きな収益を確保するための手段であって、貧富格差を要求する人々の声ではない。
貧富の格差を解消するとして農産物の自由化をうたい文句としてあげられているが、先進国のアメリカの農業生産者が裕福であるのかには常に疑問がある。米国 の農業の自由化は農民の収益の改善ではなく、コングロマリットの収益の改善である。その結果、幾ばくかの配当が農民に振り分けられているがその比率は、 数%に過ぎない、相場によっては0.以下の%である。
生産者の手取りを左右するのは、国際的な相場の価格や、天候、作柄に影響する相場変動ではなく、国際的価格変動を理由に栽培原価を無視した買い上げ価格の決定のあり方である。
世界では、奴隷制度や植民地的な支配は地球上から無くなった。制度として人類の搾取を無くしているだけで、依然として経済における搾取は続いている。

自由化は一見すると、自由で民主的社会の到達にも見えるが、経済力の支配は環境破壊を見逃されてきており、その影響は、地域で共生し育んできた産業に大きなダメージを与えている。

日本の農産物の関税には、行きすぎた高関税比率は是正すべき品目が存在しており、日本の農業環境は、TPP加入の賛否による議論に至るまでに課題が整理されていない。

002.jpgチュニジアは、古代カルタゴの時代から農業が盛んな地域であり、フェニキア人が栽培していたとされる農産物も存在している。
麦の栽培歴史は古く現在の中東地域で栽培されており、フェニキア人は大麦と同時にニンニクも栽培していた品目の一つである。チュニジアでは、古代からの品種を今も継続している。
ニンニクの市場コストは5~7TDR/kg(1TDRは約56円)で市場で販売されている。しかし中国製のニンニクは1TDR約1/5~1/7で販売されている。この価格差はチュニジア農民にとって大きな脅威である。
(写真:ニンニク加工工場→)

c012.jpgチュニジアの生活物価と中国の生活物価にはそれほどの格差は存在しない。鶏は1羽が日本円で300円程度、この価格は上海でも香港でも変わらない。
日本に輸入されている中国製ニンニクの卸価格で150円/kg、日本にはチュニジアよりも約2倍高い価格で輸入され、チュニジアの価格は日本の1/2なの かは、理解に苦しむ。チュニジア、スペイン、イタリヤ、韓国はニンニク消費量では、日本人数十倍である。大きなマーケットには低価格で市場を席巻する量と 価格を放出し、既存の生産地にダメージを与える手法が常に採られている。

チュニジアのニンニクは、価格に表せない文化的伝統的価値があるが文化的価値は経済価値に淘汰されていく、地域で長年共生してきた栽培文化そのものを淘汰する。
大量生産による価格競争の危険性が存在している。

中国の貿易量は食品、繊維、軽工業、履き物など全てが脅威となっている。街路に並ぶ衣料品雑貨類の店舗のほとんどが、低コスト品であり、既存のチュニジア商品に対する脅威になっている。
中国は、世界の工場であると同時に、世界の手工場の文化を駆逐し、世界の環境汚染を拡大する脅威にさらされている。
この事例は、日本には山のように存在し、その結果が、山林の荒廃、耕地の放置による環境汚染を拡大させた。
TPPの前に秩序ある貿易のあるべき姿を日本は提言する必用がある。


チュニジア最高峰シャンビ山(1550m)に登頂
モロッコから東に続くアトラス山脈の東の最高峰がシャンビ山である。
チュニジアは、高速道路が南北に続き、ケロアンで高速道路を降りから西に向かう。

c037.jpg高速道路も一般道も、この国にはスピード表示が見られない。一般道も対向車がない限り、ほとんど100km超すスピードで走る。恐ろしいスピードで走るが 路肩に自動車事故が見られない。運動神経と目の良さなのか、目的に向かってひたすら走る。途中には多くの遺跡があり、ゆっくりと見学したいが、彼らにして は、珍しいらしい光景ではないようで、徐行するそぶりも見せない。
(写真:チュニスの街→)

085.jpgローマ時代の大理石の構築物、アラブのモスク、フランス統治時代の町並み、途中の小さな街の入口と出口には、必ず道路に大きな凹凸が作られ、スピートを落 とす構造が作られている。その標識がどれなのかは、さっぱり解らないが、彼らは見事にスピードを落とし、通過する。4差路はフランス風のロータリー構造で ループしており、大きな交差点でない限り信号はない。大阪で見られるような割り込みは見られない。道を尋ねるとまず握手から始まり、大変懇切丁寧に教えて いる。別れ際は又握手し、気を付けていけ等の大声が飛び交い、笑顔がすばらしい。
(写真:建造物→)

まるで昔からの友人のように見えるが、砂漠の遊牧民の生活習慣である。
チュニジアは北部と中部は穀倉地域とオリーブ畑が続く、多くは20ha~30haの大きな区画である。小さな丘は頂上まで開墾され、整備されている。放置しているような大地や、雑草で被われている大地は見られない。羊が美しく雑草刈りの役割を担っている。
どちらを見ても美しく整備されているような大地である。

■羊の生け簀料理

c032.jpgケロアンからカッセリー二に向かう道筋には、羊が多く、街路で羊が売られている。
ドライブレストランの前には、羊の群れ、大きな枝が伸びた樹、ウインドケース、大きな肉をぶら下げる鉄のアングルが並び、炭焼きバーベキューのセットがある。ウインドケースには羊の肉がぶら下がっている。
(写真:羊肉→)

自動車から降りてテーブルに着く前に、目当ての羊を後ろから持ち上げ肉質の味見が始まる。お目当ての羊を見つけるとその場で価格のせめぎ合いが始まる。価格の決定は大きな声で張り合い、一見すると喧嘩のようにも見えるが、自己主張の強さが価格を決定する。

その場で札束を取り出し、一枚一枚相手の手の平に渡し終え、交渉が成立する。
羊の取引が決定すると羊の首のロープを持ち、後ろ足を縛り、大きな樹の枝に後ろ足を縛り上げる。
羊はメエエメエエと泣き叫ぶが、さっと一降りの牛刀が首を一閃する、下には血を受け止める洗面台が置かれ、そのまま皮をはいでいく、内臓を取り出し、あばらの肉質を確認する。その作業の手際よさに、ぎょっとして、眺めるだけである。

一人の同行者は、過去に日本を訪問した経験談を話してくれた。
日本では、魚をその場で殺して食べる習慣がある。魚の生け簀料理を話しているようだ、チュニジアでは羊の生け簀料理である。5人で骨付きの羊を3kgの注文である。残りはショウケースに飾られる肉に変わる。羊はの味覚は鮮度に掛かっているようにも見える。

日本の女性の同行者がいない事が幸いである。気の弱い女性ならばその場で卒倒である。
バーベキューを楽しむどころではなく、救急車が必要になる。
バーベキュー料理は塩あじだけ、野菜はトマトに唐辛子の素焼きをたたきつぶし、オリーブオイルをかける。それだけの料理であるが、味覚は大変美味しく、素 晴らしい。自然の味である。一人当たりの外食費は、5TDR、日本円では300円以下である。家庭で必用な肉はその場で紙に包み目方を量り持ち帰る。刺身 の盛り合わせの間隔である。

142.jpgビールがほしい料理であるが、この店にはコーラと水しか置かれていない。酒類の販売には一昔の日本と同じように免許制度がそのまま残されている。イスラムの教えでは飲酒は禁じられており、免許制度は簡単ではない。
(写真:市場で売買される羊たち→)

11/7日はモハメットの身代わりに羊が投げ込まれた日で、この日はイスラムの人々は羊を食べる日と決まっている。この時期が羊の一番高く売れるころで、 街路には羊の群れが繋がれている。農村部の家庭では、羊は家庭で処理し調理され、重要な男の仕事になっているようである。


シャンビ山(1550m)
c019.jpgチュニジアの大きな山は、西部の一部地域に限られており、山頂は重要な通信施設が設置され、軍の管轄下にある。
簡単に入山が可能と思っていたが、入山許可に農林省、林野庁の許可が必用で、入山の目的 、日時、許認可の内容を記載された許認可表を持参しなければならない。この許認可には都合3日を要し、チュニスで待ちぼうけを食った。林野庁の職員は、パ スポートの確認から申請書を確かめて、チュニジアの山は貴重で国家的管理下にあると説明していた。
(写真:入山ゲート→)

材木の生産量が少なく、貴重な財産の一つである。
許認可に3日間は、現地では早いほうで、革命前ならば数週間はざらと話していた。
幸運なのだそうだ。

チュニスからは、朝一番、6時に起床し高速を飛ばして車で約4時間半、約400kmの場所に、シャンビ山はある。
シャンビ山はアルジェリアの国境に近く、乾燥大地の地域に忽然と雲に掛かった山間地の風景が覗く、山は青々としており、乾燥大地の中に見られる風景としては異質である。
アフリカ大陸からの熱い風を山が遮り、北からはヨーロッパ大陸からの風との温度格差で唯一湿度が維持され、雨量も安定していると予測が的中したようである。
アトラス山脈の東北地域から132km以上も離れた、チュニジアの港町カルタゴに生活用水を供給されていたのである。紀元前800年にこの地を選択したフェニキア人の科学力には頭が下がる。

山の入り口にはゲートがあり、衛兵が立っている。
入山許可書を提出した。
担当者が電話で確認する間、入り口で返答待ちである。
衛兵に聞いてみた、ライオンや象は生息していないか?
彼は複雑な視線で、にやっと笑い、たまには動物の骨が山でみることがあると答えてくれた。そして、糞があれば気を付けるように。
紀元前カルタゴの時代、ボエニ戦争には、この地域で生息していた象やライオンも連れて、ローマ人と戦ったのである。

約30分後に入山許可、敬礼によって見送られた。
ゲートを抜け、一路山頂へと車を走らせた。雲は一層深く、雨が降り出した。
樹林は、見事なほどに育っている。
ふた昔前の日本の山林そのもので植栽まで同じである。
象やライオンには似つかない山の風景で、赤松樹林が騒然と繋がっている。車を止め山に入ると懐かしい、赤松の匂いがそのまま浸っている。根の菌糸から放出する香りである。
下草は、比較的少なく残されており、風の通りも比較的安定している。
下草の間には、鹿の糞が散らばっている。下草をひっくり返した跡があり、イノシシが餌を求めて掘り起こした跡である。
イノシシに鹿、まるで西日本の山の風景そのものである。

c023.jpg雨が強くなり、とりあえず車から降り、山頂を目指した。獣の匂いはしないか、動物の足跡と糞の痕跡はないか?
チュニジアは猟期以外は市民が銃を携帯することは許可されない。
野獣に遭遇しても登山杖1本で、立ち向かわなければならない心細い姿である。
足取りはどことなく不安定できょろきょろとあちこちに目が走る。
山頂は強い風で、雲海の中、樹木はなく、石ころで被っている。
山頂にはチュニジアのシンボル月が天空をさしている。
((写真:ジャンピ山頂上に立つ、河野→))

カルタゴの農業生産と水
チュニジアは、6月から夏期の時期はほとんど雨は降らない。
全土が乾燥大地に変わる。今年の8月訪問時は既に80日間雨は降っていないと言う。
しかし、街路樹の多くは、青々と茂っており、チュニスの町には散水車も走っており、動物園では多くの植物は茂っていた。この水はどこから運んでいるのか、地図をひっくり返しても大きな河川は、見られない。

歴史的には、チュニジア北部は、ローマを支えた穀倉地域とされている。
秋に播種する麦類が栽培できる雨量が必用である。
フェニキア人は、カルタゴの町から西の海岸地域及びボン岬のケルビア、中部のスースなどに都市を築いている。ローマ人は中部にアラブ人は砂漠地域にも都市を築いているが、生活用水をどのように維持していたのか、その答えはアトラス山脈に残されている。

夏期には、南のサワラ砂漠から地中海に向けて熱風が吹く、それを遮っているのが、アトラス山脈である。アトラス山脈の南から吹く熱風と地中海からの海風の 温度格差が山脈の北面に湿度をもたらし、雲海を作っている。秋から冬期に掛けては地中海に南下する冷たい風がアトラス山脈に掛かり雨をもたらしている。ア トラス山脈の北側に湖が点在しており、この湖の水を紀元前500年頃カルタゴまで隧道を作り、生活用水を確保していたのである。アトラス山脈は新生代の大 地であり、一部には日本と同じように火山がある。
チュニジアにも火山や地震の痕跡が残されている。

c024.jpg年間、300mm~400mmの雨は秋の穀類の播種時期から降り始め、春先まで継続する。穀類の生育間に都合良く雨量が存在している。古代から農業を支え たのはこの地形を利用したのである。麦の収穫した大地は刈り取ったままに放置しているのは、大地の乾燥を阻止するためで、残された雑穀の残渣を羊や牛の餌 として与えている。羊飼いは農地の所有者には関係なく、大地の上に適当に放牧し、餌をいただいている。羊の糞は、次の肥料として活用している。チュニジア では、北米大陸やEUに見られるような体系が大型の家畜は少なく、馬、牛、羊、全て小型で、スマートで肥満体型は見られない。自然の有機飼育が維持されて いる。

オリーブ園も北部と中部では樹間に違いがあり、水少ない地域は樹間が広く、比較的水が確保されている地域は樹間が狭い。自ずと面積当たりの採取量にも違いが生じる。古くはフェニキア人が植栽したオリーブから始まっている。

2011年11月7日

 

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