循環型社会の中で環境と健康を考えるロハスなくらし お問い合わせ

道元の教えに学ぶロハスデザイン

 
水を知る 土に気付く 火に学ぶ 関西文化とロハスデザイン ロハスデザインの実践  
TOP>土に気付く>土の再生>正しい野菜の食べ方

土に気付く

道元の『典座教訓』の教えによると、食事をつくるということは 非常に大切な行為でした。食材をむだなく活かすことは食べる人への 心配りが求められるからです。私たちが普段購入している食材や調理について知ることは自分のみならずそれを食する人への配慮になります。

土の再生

◆正しい野菜の食べ方

■病院食の危険性
 土壌、地下水、野菜などに含まれる窒素成分から成る硝酸塩。どうすればより健康な食生活を送ることができるのか。これだけ広範囲に硝酸塩の弊害が広がっているのだから、抜本的な農業政策、環境政策を推進するしかない。しかし、それを実現するには相当な時間がかかるから、そんなのんびりしたことはしていられない。仮に対策療法であっても、緊急避難的方法でも身を守らなければならないだろう。とりわけ現在何らかの疾患を持つ人にはそれが求められる。ここは、将来を見据えた長期的展望と現状での対策の二面作戦を同時に進行させるしかない。

  特に病院食として高齢者給食は重要である。硝酸濃度の高い野菜を避けなければ、食自治労の意味をなさないといっても過言ではない。しかしながら、病院の糖尿病治療食では硝酸塩濃度の基準値が指示されていない。健康な成人の一日の硝酸摂取限界値300mgを超す糖尿病食を提供しているのではないかと心配になる。糖尿病食を宅配する業者が「1年も継続して糖尿病食を摂取しているにもかかわらず一向に症例が改善されない」と患者から訴訟を起こされた例を思い出す。
 実際、硝酸塩のことなどまったく無頓着に調理されているのが病院食である。多くの病院食は患者が自由にメニューを選択できるシステムではない。ただ与えられる食事をしているだけでは危険を避けられない。病院の食事も患者の自己判断によって選択できるシステムが必要である。入院治療中に、病院食が症例の悪化原因となっていては話にならない。なぜこうなってしまうのだろうか。

 病院食は一食の予算に制限があり、低コストの素材を選択することが普通だからである。炊いたり煮たりして加熱すると、野菜の見た目のろうが減少する。制限された予算の範囲で調理すると、どうしても量的に多く見える野菜を飾ることが増える。つまり、たっぷりの生野菜で食卓を彩り見かけだけにはいかにも健康食、ということになる。そして、低コストの野菜ほど危険性が高い。患者側にできる対策としては、せめて食事にもきちんと気を配る病院を選ぶことだ。
  野菜を煮る、炊く、湯がくなどの料理法で温野菜を食べることで硝酸塩の摂取量を減少させることができる。しかし、それにも一定の限界があり、湯がいて減少する量は最大で35%程度。普通に湯がく状態では15%程度しか減少しない。湯がき過ぎると野菜に含まれるミネラル、ビタミン類も減少するが、それでも生で食べるよりは、はるかにいい。
 漢方医学では人体の疾患を陰の奉公にあるときは、陽の奉公に近づけなければならない。こういうときには野菜を多くとるのが普通だが、多くの葉野菜は陰なのだ。そのまま生野菜を食べるわけにはいかない。そこでゆっくりと野菜を加熱し、野菜そのものを陽の構造に置き換えて食することが漢方の理にかなった食事であり、鍋料理はその最たる方法だ。しかし、その場合でも硝酸塩はアルミニウムを簡単に溶かし、水酸化アルミニウムとなって腎臓疾患へと結びつくので、アルミ鍋などは避けたほうがよい。健常者でも危険性は高い。


■輸入野菜はもっと危ない
 化学肥料の大量投入、光合成を無理に抑えた施設での短期促成栽培などが、危険な野菜をつくる温床になっている。なぜ健康や環境を破壊してまでそのようなことが続けられているのか。最大の理由は「効率」と「経済原理」だ。工業製品と同じように安い品物を大量に生産するシステムにほかならない。
 日本国内ですらこの状態なのだから、安い輸入農産物が入ってくると、この傾向に拍車がかかる。市場原理により、安価がすべてに優先してしまうのだ。特に東南アジアで生産される水産物の多くは、その生産現場を実際に見ると二度と食べる気持ちにはならない。食品は食べる人を想定し製造されて、はじめて商品と消費者との対話が成り立つもの。相手の見えない不特定多数を対象にすると無責任になりやすい商品である。量販店、百貨店でも安全確認のため、消費者は手に触れるか対面販売を好み、目で確認できない生鮮食品は購買しない傾向が強い。

 21世紀の諸島はいっそう経済原則を重視する傾向が強くなるだろう。目先の価格だけを優先し、海外の農産物に依存する比率が高くなると、その結果はもっと惨めな構造になる。海外、特に湿度が低く、降水量の少ない地域で栽培する野菜の硝酸塩濃度は低い。しかし、海外から野菜を仕入れることは別の危険性がある。その一つは紫外線の強い地域で生息している菌は生命力が強く、簡単に除菌できないことだ。同一菌種でもその生命力に大きな違いがあるのである。アメリカ人の持つパワーと日本人のパワーの違いに等しい。
 最近は中国から多くの青果物が輸入されている。栽培の状態によって野菜の中に多くの菌類が検出されることがある。特にネギ類などは危険な野菜の一つで大腸菌群以外にコレラ菌、赤痢菌などが付着している危険性があり、水際でどこまで検査できているか、おおいに疑問である。地域で獲れたものを地域の人が食べるのが基本だ。人類は地域に帰属し生命を維持していることを忘れてはならない。


■このままだと10年後は悲惨
 日本の盲点は、医学、栄養学、食品加工、農業をトータルに考えて国民お健康を維持する研究がなされていないことだ。これに付け加えるとすれば、総合的な環境政策がないことがあげられる。何か問題があっても放置し、どうしようもなく危険な状態になると付け焼刃の対症療法をとる。このようなモグラたたきをやっていては、いつまで経っても問題は解決できない。
 ヨーロッパのことわざに「人は食べる物の3分の1は自身のからだのために、残りの3分の2は医者のために食べる」というものがある。現在日本の農業1次生産は9兆円、医療費は30兆円となっている。すでにヨーロッパの古いことわざよりもひどい現実になっているのだ。現在の医療費の増大がこのまま継続していくと、日本の人口が一番集中している団塊の世代が60歳代になるあたりで、医療費は50兆円近い数字になると予測できる。
 糖尿病境界域人口1300万人が悪化すると、人口の1割が同一疾患の症例になることになる。この数値は異常であり、危機的であることはすでに述べた。国民医療費の増加が国家の経済に与える影響は大きく、介護費用と同様に国家財政のマイナス要因に直接結びつく。財政赤字を積み重ねる最悪の時代はすぐ目の前に迫っている。
 莫大な借金を抱えた中年の家庭が高齢の寝たきり介護を抱え、その上に一家の主人が糖尿病で苦しむ......。
 これは、ほんの10年後の姿である。

sand20.jpg


■生野菜は健康に悪い
ひと昔前は、なぜ野菜を生で食べなかったのか
日本人は世界的に見ても食品を生で食べることが好きな民族である。特に魚介類、肉などは高級なほど生食かそれに近い状態で食べることが多い。しかし、少し前までは、野菜はしっかりと加熱して食べるのが普通のことだった。
 世界のどの地域でも伝統的な食生活は体験から伝承された要素が多く、それぞれ調理方法に意味がある。体験的な経験学のようなものである。経験学は単なる迷信ではなく長年の経験に裏打ちされた合理的なものであり、現代科学に照らし合わせても説明できるものが多い。
 日本人が野菜を生で食べていなかったのも、経験から選び出した正しい食生活である。しかしここ数十年、先人のすぐれた経験から生み出された食生活がどんどん悪化している。この現象は、戦後すぐに広められた栄養学にあるのではないかと私は思っている。食品の構成要素を分解して説明しただけの"まゆつば"的な要素が強く、人体に対して総合的に判断する栄養学ではなかったことに起因するのではないだろうか。
 ヨーロッパでは野菜を生で食べる国はほとんど見られない。中国では絶対に野菜は生では食べない。5000年の食生活の知恵である。生食の好きな日本人が古来から野菜を生で食べなかった理由は、食中毒の危険性を避けるためである。


■有機野菜ほど加熱が必要
 温野菜を中心にとるのが健康な食生活であるが、最近注目されている有機野菜はどうだろか。農薬や化学肥料を使っていないし、ビタミン類も豊富なのだから生で食べるのがいいと思う人もいるだろう。結論を先にいえば、有機農法による野菜ほど加熱を基本にしたほうがいい。

 日本で初めて化学肥料を製造したのは現在の昭和電工である。1931年のことだった。それまでの野菜生産は100%有機栽培であった。有機肥料の多くは人糞や家畜の排泄物である。田舎には"のつぼ"の存在しないところはなく、このなかで人糞や家畜の糞を発酵させ、肥料として利用していた。有機農業とは自然のすべての生命体が再生能力を生かしながら生産する農業のことであり、人間、家畜の排泄物の中に含まれる大量の大腸菌も多く含まれている。その排泄物を一定の温度のなかで発酵させ、自然界に必要なほかの菌類同士のバランスを維持し、共存の原則のなかで大地に肥料として入れて栽培するのである。
 土壌菌と大腸菌の多くは大地に存在しているのだ。有機栽培は多くの菌類を共存させながら栽培するのが原則である。殺菌された土壌で生産することではない。有機栽培の原則は人間と自然との調和にある。人類が大腸の中の大腸菌群との共存によって生命が維持されていることも例外ではない。多くの大腸菌は、人間の体内に摂取される食物を分解することで消化吸収を助けている。

 どのような野菜も種子や種イモ、球根をもとに栽培する。これらが発芽し生長すると、その原型は腐敗し大地に帰り菌類の重要な餌に変わっていく。その菌類が大地のミネラルを分解し植物は育つ。
 この現象は人類にもいえることで、疾患に対する免疫力は有機農産物を摂取すればするほど、より効果的に培われる。ミネラルは有機栽培ほど多くなる。野菜そのものは正常な生育状態のなかでは菌類に汚染されていない。一時的な汚染に対して再生能力がカバーするからである。しかし、表皮に付いている土壌には多くの菌類が生存している。調理の前に洗浄しても常に危険性が高く、炊く、煮る、湯がくことが菌類の正常な処理方法なのである。つまり自然のシステムでつくられた有機野菜ほど加熱が必要なのだ。


■高温多湿を克服する方法
 春先の山菜や夏の野菜などの調理によく酢を利用するのは、酢の殺菌効果を経験から知っていたためである。酢を利用する料理が西日本に多いのは、温暖な地域が多く、菌類が自然に多くなるからだ。温暖な気候下で生食に近い調理の場合、酢の殺菌効果を有効に利用できる。
 湯がく調理法は春先の山菜では常識であり、「山菜の悪だし」といわれる。山菜は春先に一気に生長し、ゆっくりと光合成して硝酸塩がタンパク質に変わる時間がない。そのため硝酸塩の含有量が非常に多い。
 湿度の高い時期に栽培すると野菜に病気が発生することがよくあり、腐敗しやすい。日本の多くの葉野菜が冬野菜であるのは、この時期が一番乾燥し栽培に適した環境にあるからだ。自然環境との適合が農業生産の基本である。日本の梅雨の時期は食中毒が発生しやすく、農場でも野菜が病気にかかることが多い。湿度は菌類の繁殖率に比例しているわけで、それは自然界の普通の構造なのである。梅雨どきは高温多湿に耐える野菜の栽培とその摂取が、日本人に適した食生活であるはずである。