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土に気付く

道元の『典座教訓』の教えによると、食事をつくるということは 非常に大切な行為でした。食材をむだなく活かすことは食べる人への 心配りが求められるからです。私たちが普段購入している食材や調理について知ることは自分のみならずそれを食する人への配慮になります。

土の汚染の原因と実態

◆有機農業の必要性

■三千年前の中国農業の知恵
有機農業の必要性が世界に発信されたのは1924年であり、近代化学が急速に進歩していた時期である。化学肥料による栽培は土壌の劣化に結びつくことから、ドイツの人智学者ルドルフ・シュタイナーは、宇宙的視点から有機農業の必要性を哲学的に説明した。その教えはまさに現在の日本にこそ必要なのではないか。シュタイナーより約80年遅れて日本人が気付き始めた。ようやくスタートラインにたったわけで、これからやらなくてはならないことは山ほどある。農業を今後どのようにして再構築するか、国民すべてのテーマでもある。 アメリカの穀倉地帯は現在、塩害による農地の荒廃という大きな問題を抱えている。塩害は基本的には大地が乾燥することによって生じるが、植物を植えていないと起きることが多い。ただの草でも大地に生えていることで、塩害を防げる場合もある。

 約3000年前の中国の古書『呂氏春秋』に、農業生産における塩害理処理方法が記されている。すでにこの時代から地下冠水による農業生鮮から派生する塩害が指摘されていたのだ。 インダス文明などが早期に滅び原因の一つは、農業を安定させられなかったことにある。それに対して中国では、すでに3000年前、農具に鉄が利用され始めた時代に、大地の区画整理、人工的計画水路を利用した塩害対策が確立され、農業が安定していたことがうかがえる。その当時、農家が10人を養える生産力があった。現在の日本の農業生産力も同程度で、アメリカはもっと低い。近代設備を導入した日米の生産力は、3000年前の中国と同程度かそれ以下なのだ。 3000年前にこのような高度な農業技術を持っていた中国に対し、日本はODAによる農業支援を行っている。近代的な機械や設備、システムを導入しようというものだが、これは大きな間違いをしている可能性がある。本来、中国には優れた農業技術があり、伝統的な技術や方法を現代に活かしたほうが、はるかに地域に見合った農業を育成できる。近代的というと、やたらと化学物質が登場し、最新式の器具を導入することだと思っている人が多いようだ。しかし、それはエセ近代主義といえないだろうか。その最たるものは、アメリカ式農業にある。


■最悪のアメリ力式農業
農業は自然環境と共に共存し育成する持続性が根幹である。その視点から見ると、塩害にさらされた大地を次々に廃棄して農地を荒廃させるアメリカの農業は約3000年前の中国よりも技術レベルが低いといえる。そのアメリカから、日本は過去5000年以上にわたり大量の農産物を輸入してきた。アメリカ産の農産物に依存しなければ国民の食生活が維持できないのが現状である。 食肉、家畜の飼料、大豆、食用油、小麦、オレンジ、レモン、サクランボ、アスパラガス、タマネギ、レタス、イチゴなど多種多品目の農産物がアメリカから輸入されている。日本から自動車専用船がアメリカの港に着いてすべての荷物を降ろすと、帰りの便には階段から船倉のすべてに裸のままでびっしりと穀類が積み込まれて日本に港に戻る。そして岸壁から横付けされ大きなサイロに移し替えられている。 日本が大量の農産物をアメリカから輸入しているにもかかわらず、アメリカの生産者が裕福な生活をしているとはあまり聞かない。アメリカでは生産規模は大きいが、規模の拡大はロスも多く収益性から見ると決して有効なビジネスではない。年間所得が300万から400万円の層が生産者の多くを占めている。もうけているのは農民ではなく穀物商社など、アグリビジネスである。 普通のアメリカの農民は決して裕福とはいえない。

大規農場では、工場施設と同様に農地を償却資産として考え、次々と廃棄して新たな農地を開発している。米国の上空を飛んだことがある人は、ロッキー山脈の裾にグリーンの丸い円が描かれた不思議な光景を見たはずである。これらはセンターピポット方式と呼ばれる農地である。大規模な農業経営で大量の化学肥料、農薬を使い生産性を高めるが、この農地の寿命は平均約20年である。この間に農地の塩化が進んで栽培が困難となり、その後は廃棄される。そして近辺に新たな農地を開発し、また数10年たらずで荒廃させて農地を廃棄する。この繰り返しである。 アメリカで農地が大規模に荒廃している地域は、5大湖に隣接する穀倉地域である。この地域は、大規模で近代的な農業地域だと私たちが教科書で習ったところである。荒廃した農地を眼下に見ながら、飛行機に搭乗したアメリカ人に尋ねてみた。「この荒廃した大地は、誰がもう一度自然に再生させるのですか」 彼は毅然として、即座に言った。「それは日本人の仕事である。消費者責任、消費国責任は21世紀の課題である。工業製品、農業製品にかかわらず、21世紀は消費者責任と生産者責任の比重は消費者責任が重きをなすべきだと思っている。アメリカはその見返りとして多大な米国債を日本人の手に持たせている」 アメリカは、日本の生産能力に限界が来るころをねらって農産物の自由化を求める。日本の消費国責任を追及する日を虎視眈々と狙っている。したたかそのものであるが、これがアメリカの外交であることを日本人は知るべきだろう。 日本の大量消費のツケは、アメリカの穀物生産地の放棄、東南アジアの海岸の汚染、そして内陸部の森林地域の減少......と世界中にパラまかれている。したがって日本は自らを振り返って正すべきは正さなければならない。しかし、仮にアメリカが消費国責任なるものを追及してくるとすれば、これに反論し対策も考えなければならない。その際のポイントは、アメリカが求める消費国責任と農業手段は、全世界が目指す地球規模の環境保全と持続可能な農業に真っ向から対立する、と反論することである。 ついでながら「生産国責任」を追及することも忘れてはならないだろう。

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■市場開放は正しい農業の敵
ドイツのデメターは、世界で初めて設立された有機農業の認証団体である。その理念は東洋的仏教思想につながるところがある。身土不二、すなわち、その地域で生産された農産物をその地域の人が食すること。これを健康の基本としている。人類はその地域に帰属する。植物も動物も、そして根底に存在している菌類も、すべてがその地域に帰属し、生命が維持されている。すべてが自己再生能力によって維持されることが、生命の維持に結びつく。このような考えが本当の有機農業だとする理念によって成り立っている団体である。有機農産物であれば、どこから運んでも、輸入し食べられても、健康に結びつくとする考えそのものが間違いである。どのように時代が変わろうとも、一定の食糧自給率の確保は国家にとって不可欠である。 WTO(世界貿易機構)が求める農産物の市場開放は、単なる一時的な国家間の経済政策に過ぎない。世界的食糧対策が確立したなかで要求している事項ではなく、アメリカの過剰農産物に対する一時的対応に過ぎない。アメリカのアグリビジネス周辺にある集票力をあてにした国内の選挙対策に過ぎないのだ。

このように何の世界史的視野もないままWT Oはアメリカに振り回されている。 戦後50数年間、日本人の食糧はその多くが輸入によって維持されてきた。その結果、食の内容も素材も大きく変化している。日本人の身体構造はひと昔前と大きく変わっているが、とても頑強な身体とはいいがたい。 食生活がその地域に帰属するものだと考えると、現在の日本人は50%がアメリカに帰属し、50%が日本に帰属しているようなことになる。ひょろっと伸びた若者の身長が、見事にその形状を示しているように私には思えてならない。身体だけでなく、精神もどこに帰属しているのか理解に昔しむ光景もよく目にする。街頭に座り込むジベタリアンはその典型的スタイルに見える。政治家の発言にも類似した意見が見られる。国家の法律までも帰属している場所が見えなくなり始めている。


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■窒素過多から国土を守る方法
国民の健康を考えると、硝酸塩が少なく栄養素も充実している有機農産物の重要性はいうまでもない。農産物は空腹の一時を満たすためだけでつくられるのではないことを、すべての国民が認識する必要がある。有機農業を基礎にして、農業生産、食糧の自給率を上げることは、地球環境全体の安定には欠かせない条件である。 自国で農産物を安定的に栽培することで、国土の窒素過多の状態は減少できる。有機栽培を中心とし、適正なな有機堆肥を投入して化学肥料や農薬の使用を極力抑える。こうすることで作物の品質は向上し、土壌の窒素成分を減少させられる。当然、地下水の汚染も改善される。水資源の安定と水質の維持には、農業の安定が欠かせない。土壌の窒素過多は致命的であり、水質の悪化は国民の基礎的な健康に重大な被害をもたらす。 しかし食糧自給率の低下と食糧の海外依存は、ますます農業を理想から遠ざけ、窒素成分と硝酸の問題を深刻化させている。食糧の海外依存は、それだけで国内の窒素過多状態をもたらすからだ。仮に1つひとつの輸入品の窒素成分が少なくても、総量が増えればどんどん国内に窒素が溜まってしまうのである。自給率を高めるために農業を発展させていれば、生産物を循環させて堆肥として使うこともできる。しかし耕作する面積が減少する現状では、窒素成分は溜まる一方である。

畜産でも同じことがいえる。日本最大の畜産地帯の熊本、宮崎、鹿児島の家畜飼料のほとんどすべては海外から輸入されており、家畜の排泄物の多くが地域内に廃棄されている。廃棄された排泄物が窒素成分として土壌に入り、地下水も汚染されている。家畜の飼育頭数、排泄量、大地の広さの均一性が保たれてはじめて、排泄物が堆肥となり、農産物の生産に結びつく。これが本来の自然の循環であり、バランスのとれた農業である。しかし、せっかく排泄物を堆肥にしても、使用する場がない。日本の畜産地帯の現状は、家畜の飼育頭数と生産品目と面積に整合性はなく、単に排泄物が廃棄され、環境破壊に結びついているのだ。 これは、大規模集団飼育の問題点である。アメリカでも同様に大量の家畜の排泄物が廃棄されている。これまで日本の大規模家畜餌育がアメリカほど早い時期に問題にならなかったのは、日本の場合、年間の降雨量が多く、窒素成分が大地に留まらず河川から海に流れ込んできたためだ。 しかし、それもぽつぽつ限界に来たことを南九州各地の環境が示している。農業の安定とは、自然環境が維持されたうえに成立し、国土の自然環境すべての安定した持続が原点である。国土とは、そこを流れる河川と、その河口から国土に隣接する海岸線と、公海のすべてをも含む。瀬戸内海の赤潮の原因は窒素過多が大きな原因の1つであることを思い浮かべたい。