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ロハスデザインの実践

ロハスデザインとは流行や個人の問題ではなく、現在の社会に必要不可欠な環境問題の解決方法なのです。ここでは、ロハスデザインの実践として実社会でどのような活動を行っているのかご紹介いたします。

現代社会への警鐘

◆「使い捨て文化」は個人の肥満と社会の肥満を増加される

三都の百貨店の顧客を見ていると大阪では試食の味見が好きである。買う前に味見を好み直ぐに口に運ぶ、比較的小太りの中年女性が多い。京都の百貨店でも、試食コーナーはあるが、直ぐに口に運ぶ女性は少なく、肥満の高齢者は大阪と比較すると極端に少ない。

そこで生活習慣と密接な関係がある三都のゴミの収集量を比較してみた。
日々の生活から出されるゴミの量と消費経済は一定の関係があり、消費経済が活発な時期にはゴミの量が多い。過去にはバブル経済の頃が日本の各地では最大のゴミ収集量になっている。しかし、ゴミの収集量は都市間の較差が大きく、ゴミの収集量は大阪が633.8kg/1人/一年、神戸は、515.9 kg/1人/一年、京都は、476.1kg/一人/一年、大阪と京都では157.7kgの違いがある。(平成18年の統計)
大阪は日々一人が、1.73kg 神戸は1.41kg、京都は1.30kgのゴミを出している。
大阪は京都よりも400g/日、毎日ゴミを多く出している。月に直すと12kgゴミになる商品を余分に購買していることになる。
では、月間の消費支出の差は、大阪が125.066円、京都は121.870円、その差は3196円、
ゴミの量と消費支出では、大阪は京都よりも月々、お米12kg余分に買い、ゴミとして捨てているような計算になる。
大阪人は「使い捨て」商品を好み、京都人は「使い捨て」になる商品を好まないことが、消費とゴミの関係では判断できる。
戦後、物を大切に使う習慣から、大量消費、「使い捨て」の消費経済が拡大した。この波にいち早く、共鳴したのが大阪市民であり、米国の消費経済に相乗りし大量生産に成功し経済成長に成功した。大阪市民の生活習慣と「使い捨て」大量生産大量消費は体質的に合っていたのである。カップラーメン、缶ビール、レトルトカレー、おにぎりQ、プレハブ住宅、使い捨てか又は償却年数の短い商品開発の多くが大阪から発振された。
その後バブル経済の破綻から大阪の経済は大きく変化し、大規模大量生産の工場は影を落とした。同時に消費の形態も変化が求められ、環境を配慮した消費傾向に変わりつつあり、生活スタイルの変化が求められている。
大阪市民の生活スタイル、「使い捨て」、大量消費大量廃棄の生活習慣から脱皮出来ていないことがゴミの廃棄量から見ることが出来る。
では月々の家計収入の格差は、大阪は452.120円、京都は569.202大阪よりも家計収入は京都が月に117.082円多いが消費支出は少なく、使い捨てになる商品は買い控えるその結果、ゴミの廃棄量も少ない。昔から無駄な物は買わない習慣が今も生かされている。
戦前ではゴミを多く出す主婦に「贅沢な奥さん」「しまつが出来ない奥さん」としてイヤミを云われた、街の伝統が残されている。
賀茂川にゴミを流すことは既に江戸時代に禁止していた。家庭のゴミが高瀬川や白川を流れでることは昔から見られない。
都市の家庭から出るゴミは紙類が約44%、プラスチック類約20%、厨介類約28%、その他8%とされている。
各都市のゴミ処理の費用は、全体の60%~64%が回収運搬による費用、他は分別と焼却の費用である。回収量が増加するほど費用は高くなる。
各自治体では回収量と平行しゴミ処分費用が高くなっている。その費用は35.000円/t
~42.000円/tである。
家庭から出されるゴミの量と生活習慣、食生活の傾向、経済の行動傾向には関連性がある。
大阪、京都、神戸のゴミの回収方法、分別回収には、それ程の較差がない。
この事例から、ゴミが都市から廃棄される量は都市の肥満を示す一つの指標と考えられる。
徳島県の上勝町は17年度のゴミの量は349tであり、人口で割ると一人166.2kg再資源化率は72%である。家庭から出されるゴミの量は大阪の26.2%、約1/4である。上勝町はゴミの焼却を止めており、町内の焼却炉を停止させた。
大阪ではゴミの焼却は97.17%であり、その量は年間約160万t、多大なCOを大気中に排気している。
京都議定書のお膝元、京都市も多くを焼却処分している。再資源化率はわずか3.9%、96.1%が焼却、その量は640.823tにもなっており、この数量は世界的に環境対策を訴える都市としてはあまりにも、無策であり、御粗末さである。
京都市民の恥であり、政治家と行政の責任は大きい。
住民全てがゴミの分別し、再資源化に取り組むことは、地球環境を維持するには欠かせない、温暖化対策としてCOの軽減は全市民の課題である。市民が全てゴミの分別を実行するにはせっかちな性格では継続できず、目先の収益を優先する意識では実行に結びつかない、長期的な環境への配慮意識してできることであり、自身だけのご都合主義では継続はできない。
自治体の再資源化が少ない地域は、ゴミの回収量が多くなっており、分別と再資源化はゴミの量を減少させる。消費の時点でゴミを意識し選別され買われている傾向を示している。
「使い捨て」社会の終わりを宣言する必要があり、再資源化できない商品の製造責任を明確にすべきである。
上勝町は高齢者が「いろどりやさい」で収益を上げ、地域社会に貢献している。寝たきりを出さない、社会への挑戦として根付いている。
自治体の歳費が肥満になればなるほど、弱者への配慮が欠ける。社会の高齢化が進むと高齢者を「使い捨て」扱いに陥りやすい。
市民生活の「使い捨て」意識は、食事の傾向から自己のメタボリックシンドロームに陥りやすく、メタボリックシンドロームは脳血管疾患、心疾患、ガンの罹患率を高め、その上に地域社会のゴミの発生量を増やしやすい、健康保険の負担率とゴミ処理費用の増加から、共に自治体の歳費の負担を高める。歳費の増加は、自治体の職員数の増加の要因を作り、職員の増加は自治体の肥満財政が慢性化し、職員の堕落を招く、自治体の肥満財政は政治家との癒着の原因要因を増加させる。自治体の肥満は、行政能力では改善されず、そのしわ寄せは全て市民に向けられる。市民に向けられた財政のしわ寄せは、常に弱者が始めに対象になる。発言力の弱い市民が、始めに「使い捨て」の対象になる。
「使い捨て」は市民の利便性の追求から生活意識が変わり、その場の自己の経済性を優先した。当時環境への影響はそれ程眼中にはなかった。使い捨てになったゴミは焼却処分は簡便であり、経済的にも安い方法であった。当時は、環境汚染、地球温暖化の影響はそれ程認識されていなかった。焼却によるCO発生量を無視していた。資源は有限であり、再資源化の必要性を訴えられていたが、経済性から見るとコストが掛かり、無視されていた。資源も「使い捨て」されてきた。経済性や利便性は経済力に左右される。経済性や利便性は環境への配慮は無視されてきた。
経済性は利用できる領域と範囲を優先する。高齢者は、経済的価値だけを優先して見ると利用できる期間は、保有している財力が維持できる期間だけである。
保有財力が無くなると無駄な存在に写り毛嫌いされる。
経済性からは「使い捨て」の対象に陥りやすい。市民の弱者、高齢者の「使い捨て」の構造になり輪廻する。都市の財政が肥満体質になるほど高齢者の「使い捨て」意識が拡大する。
この事例から都市の肥満を日本の政令都市のデータを分析してみると現在の政令都市が抱えている地域格差が正確に見えてくる。



徳島県上勝町

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