高齢化社会は、人々の寿命が伸びたことから始まった。日本だけではなく、世界の先進国が共通し平均寿命が伸びている。医学を始め科学の進歩と共に経済的な力が、安定的な食料品の確保として大きく寄与している。では発展途上国の平均寿命はどうか?
残念ながら発展途上国の平均寿命と先進国の平均寿命との較差は開くばかりである。科学の進歩は人類全体に寄与しているはずであるが、先進国だけが科学の進歩を先取りし後進国の生活の安定を脅かしており、人類全体に科学進歩が寄与しているとは、言い切れない現実がある。発展途上国と先進国との開きと同じように、人類全体の寿命が延びることは、自然界のあらゆる生命の寿命が伸びなければ、全体のバランスは摂れてこない。人々の寿命が延び、快適な生活を続けるには、全ての物質、生産物から製造品全ての価値の寿命も平行して伸ばさなければ、自然界や社会のバランスが取れない。日本では平均寿命が伸び喜ばしいと安易に云えない問題が多い。今から始まる高齢化社会の健全な指針が見えていない。1990年頃から高齢化社会への問題提起は多く見られたが、バブル経済崩壊後の後始末が経済界に与えた影響が大きく、健全な指針を示す機会を失ってしまった。高齢化を豊かにするには、経済的な面と同時に生命体全てが健全な環境を維持しなければ、達成したとは言い切れない。何とかなるとする安易な経済環境、社会環境、生命体の環境はなく、厳しい環境を迎える事だけは間違いない。その兆候はこの7年間に統廃合しなければならない町村の数からも判断できる。
これまで高齢化社会の問題は、経済面だけを取り上げられてきた。1.生活スタイルの改善が望まれている。高齢化社会を快適に過ごすには、安易に物質を「使い捨て」にすると、自身が同じ「使い捨て」の対象に陥りやすい。高齢化社会を快適に過ごすには、全ての生命の共生、生命の寿命が伸び共存しなければ、偏った生命体だけが、偏在し共生のバランスを崩す。人々の生命に置いても同じで、食べ物の「使い捨て」商品、インスタント食品、中食、総菜類等の多用意識は包装材を「使い捨て」にしただけではなく、自身の健全な細胞を「使い捨て」にし、肥満細胞が増加させ結果的には、メタボリックシンドロームに至り大きな疾患を呼び込む要因になる。この事例は、日本肥満学会の病理研究の多くの報告からも判断できる。我々は、米国式の「使い捨て」大量消費構造の気風に汚染され、店頭の価格の安さだけが全ての商品の価値として判断してきた。大量生産大量消費の価格には、環境負荷への価格が加えられておらず、環境負荷の大きさは、共生の原則を見逃している。環境負荷の増加は自然界に肥満細胞を蔓延させているのと同じであり、高齢化社会を健全に過ごす、理念から逸脱している。寿命を延ばすには、全ての生活の概念を量の時代から質の時代に転換する必要がある。農産物の生産「大規模生産」-「持続型生産」食品 「多量摂取」-「高品質の適量摂取」日用品も工業製品「消耗品」- 「耐久性の強い商品開発」 「焼却廃棄物」- 「リサイクル可能な商品開発」 - 「再資源化が可能な部品の構成」耐久消費財 - 「償却期間の延長」
2.高齢化社会のなかで家庭生活の安定したスタイルは明示されていない。年金の安定支給、医療費の高騰に対する対策この2点に対して、政策的な解決策は明 示されておらず、単に消費税の増加によって解決する以外にないとする指摘が多い。 1)現在の年金運営は正確なデータが明示されていない。大変疑問が大きい。 2)医療費の高騰に対する予防医学視点も薬の開発が中心である。高齢者の2つの生活ストレスは、経済的、金銭的不安と病の不安でありその解決策は徳島県上勝町で既に実践している。元来、仕事には定年制はなく人生の最後まで仕事を全うできることが何よりの幸であり、企業や役所が定年制を取り入れたのは経済性、効率から都合良く決めつけた。江戸時代には、定年制はなく、自主退官、引退をしている。企業や役所の定年と個人が決める定年には違いがあり、日本人のDMAは最後まで働くことが喜びに結びついている場合が多い。経済的に不安が無くとも仕事を継続したい人が圧倒的に多く、社会的に意義のある仕事や社会的な名誉、名声が得られるなら一層励まれている。経済的不安があっても、何もせずに一日、海や山を見て過ごすことや読書だけで何年も続く人は、極まれである。
徳島県上勝町
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