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関西文化とロハスデザイン

三都の食生活の違いを分析し、食生活の違いから生じる精神性や産業構造の違いを 分析することによって、食習慣から作り出される生活習慣や精神性を探索し 時代の課題として検証します。

食生活の違いと産業構造

◆京都、大阪、神戸の食品産業

京都の食品産業は、高級志向が強く、客先を選び商品開発を行っている。のれんを大切にするビジネスである。
日本酒の月桂冠以外はあえて、全国の隅々まで客先を広げる商売はしていない。一般大衆を全てを対称にした規格ではなく、素材の規格を高め、品質の高さが売り物である。

お茶の一保堂、福寿園、和菓子のとらや、鶴屋吉信、漬け物の村上、西利、豆腐の森嘉、平野屋、入山等も全国的に有名であるが、のれんを守り、客先を商品が選んでいる。
京懐石、京割烹が一定の品質を保って営業している状態と類似している。
一見すると保守的に見せて、のれんを守っているが、常に研究熱心であり、加工技術、調理方法及び新たに素材を取り入れる工夫を欠かさない。決して従来の加工方法で、のれんを守り、商売が維持できるほど甘い業界ではないことを熟知している。のれんを維持していることは、何代にも客が続き、一見、安泰と見られがちであるが、決して甘い環境が長く続かないことを家訓として伝えられている。

京都の食品業界では、大衆商品を開発しても、事業を拡大すると失敗する事例が多い。
大衆的な商品は、安さ、早さは欠かせない条件であるが、京都の経営者には不向きな感性である。
京都の味の好みと大阪、東京の大衆の味覚には違いがあり、その地域の好みに合わし、演出することを京都は好まない。
素材の味覚を引き出す技術には伝統があり、味覚を変えてまで大衆商品を大量に生産することはしない。

大阪の食品産業は、一般大衆を対称に商品開発し、早い全国展開によって成功されている例が多い。安く、美味く、簡便さをモットーにしている。味の好みも地域に合わすことに抵抗が少なく、臨機横柄であり、主張はするがこだわらない。
売れれば良し。
缶ビールを始めて開発した、アサヒビール、赤玉ワインから始まった、サントリーの飲料を始め、即席麺の日清食品、大塚食品のぼんカレー等のレトルト食品、始めておにぎりを簡易包装に成功したシノブフーズ、グリコのおもちゃ付きの飴等低価格で誰でも手軽に口に入れられる商品を開発し全国的に広げるビジネスの感性は、江戸時代から、町人文化が育てた価値である。
東京の人が大阪人の生活を見ると秩序の無い人間に見えるらしい。
過去には、安物買い、がらが悪い、言葉遣いが悪い、卑しい食べ方をする、秩序がない等の多くの批判があった。しかし、大阪人は大阪人の秩序があり、東京は東京の管理社会の秩序が根強く存在し、東京の人には、大阪の秩序が読みにくいたげであり、大阪は無秩序ではなく、浪花の秩序が存在している。
東京の秩序が世界的な共通の秩序ではなく、大阪人の秩序の感性と東京の感性の違いである。大阪の北新地や南の街は、バブル経済の頃、タクシーが2重駐車、3重駐車は当たり前であった、東京の人には考えられない風景と酷評であった。しかし大阪人は朝のサッシュ時にはになったら片づいているとそれ程気にしなかった。
四六時中ではないからそれなりの秩序があると判断していた。
大阪人の秩序は、漫画チックで、漫才的要素があるが、東京人には生活感の違いから理解できなかっただけである。
最近になり、大阪の漫才師が受けているが、漫画チックな気楽さが理解され始めた傾向の一つである。
大阪のけちと京都のしぶちんや始末家とは全く違いがあり、近江商人や名古屋人のけち意識にも違いがある。京都のしぶちんは、近江商人に近く、名古屋とは異なっている。
著者が現実に体験した「大阪人が表現する、けち、そして京都のしぶちん」

若狭湾の民宿は、大阪から家族連れが多く見られた。
一昔前は、民宿の経営者はおおらかで、大きなおひつに炊き立てのご飯を入れ、美味しさを自慢に、どうぞご自由に、そんな朝食の出し方が多く見られた。
大阪のおばさんは、実に手際がよい、ご飯を茶碗に入れ、さっとバックから取り出したラップに茶碗のご飯を包み、漬け物や梅干しを真ん中に入れ、ぐっぐっと、にぎり、アルミフォイルで包み、あっという間に昼のにぎりめしを作り上げ、バックのなかに入れる。やかんにいっぱいに入れられた、お茶も水筒に入れ、はい出来上がり。
頃合いを見て、親父さんが、民宿の台所に"ご飯お変わり、ここの飯うまいなー"ほめ言葉を追加することが、うま味でもある。 民宿のおばさんは、あまりの早さに目を白黒、"えらいはやいですなー"
最近はこの手が使えなくなり、個々の茶碗に入れて出す民宿が多い。
"最近民宿がけちになってなー、おひつでださへんで、昼飯に金がいるねん"
どちらが"けち"なのかさっぱり変わらないが、大阪人の漫画チックな「けち」の表現である。

京都市の北にある民宿では、夕ご飯が終わりになる頃合い、漬け物を食べ終わる頃をを見計って、翌日の昼食の予約を取りつける。
"コンビニのおにぎりより、高おすけど、自前の米と漬け物どす、朝はよどしたら間に合いまっせ"と大阪人の気持ちを揺さぶり、売りつける。
京都の北の漬け物は美味しいから、ついふらりの乗ってしまう。
翌朝、出かける前に出されるおにぎりを見て、
"このおにぎり、小さいな"と云えば、"これ京風どすえ"とやり返す。
大阪人はなぜか京風の言葉に弱い。
江戸時代から一目おいている風がある。
東京の人は、おにぎりを受け取るときに、小さいと文句を云うことは先ず無く、宿を後にしてから云うことが多い。
神戸の人は、どちらも、とても我慢できないセンスの悪い習慣として、離れて見ている。
京都の民宿は、おにぎり一つにも、米の量を節約する気風が覗かれている。

関東の人には、解りにくいが、大阪には、大阪の町人文化の秩序があり、京都には京都の公家と僧侶、神主と町民との間で作られた秩序が江戸の街よりも古くから存在していた。
大阪には、自己中心的に秩序が存在しており、他人の目を意識しない強さがある。
京都には、どのような政変にも対応してきた忍耐のなかから培われた秩序が存在している。
神戸は、多くの外国人との交流によって、国際的なセンスを社会秩序として育んでいる。
江戸の秩序は、武士が町人に押しつけた、秩序であり、現在は官僚が取って変わり、東京の秩序、日本の秩序として押しつけている。
関西には、官僚を御上とする意識がない。
特に大阪は官僚の言葉を信用も信頼もしていないし、ほとんど無視しており、始めから眼中にない。
法律の解釈も根底から違いがある。法律は役人がしらんまに作った「うっとおしい物」美味く抜ければそれでよし。
関東や東北には、官僚からの通達は、御上の言葉としてそのまま受ける傾向が強く、自己判断によって、見直すことが少ない。これは歴史的な背景からきている。

大阪には、豪商が集まる料亭も江戸時代から多く、京都の料亭とはことなった雰囲気が見られ、豪華絢爛な調理といきな遊びの文化が存在していた。
その伝統の一つが吉兆である。
"大阪に吉兆あり"大阪の料亭吉兆は、日本料理として歴史に残るおおきな存在である。現在の京都の料理界に大きな刺激を与え、日本料理の新たな道を切り開いたと云っても過言ではない。
日本料理業界の強さの一つに人材教育があげられる。
教育の場所は、厨房の小さなエリヤであるが、その小さなエリヤで、京都、大阪ともに厳しい教育をしており、今日の日本料理の基礎を担っている。
大阪の吉兆、京都の辻留については、何かの機会に一冊にしたい題材である。

神戸の食品産業
上島珈琲、ネッスルのコーヒー、バームクーヘン、のユーハイム、チョコレート、洋菓子のモロゾフ、パンのドンク、コロッケのロックフィールド、六甲バター
神戸の食品産業は、素材を海外から輸入し加工していたり、海外の技術導入によって作られた食品が多く、他に海外から輸入された素材を陸揚げと同時に隣接した場所で加工されている食品が多い。
神戸港から専用バースで陸揚げされ、一次加工場が隣接している食品加工が早くから発達した。製粉業、食用油の加工、コーヒー等の飲料の加工などである。
外食では、神戸の中華街、そして神戸ステーキ、神戸肉の表示は難しくなったが、神戸の肉屋が選択して良質の肉を船員や外国人に紹介し、評価され現在の和牛の品質を作り上げている。当時は但馬の牛が多く利用されていたが、独特の刺しが入り、霜降りの牛肉は世界的にも有名にしていった。
神戸牛は世界的ブランドである。
神戸港は兵庫港が開港したのが慶応3年12月であり、開港後わずか5年目の、明治4年に元町通りに大井肉店が、岸田伊之助によって、明治6年には森谷商店が精肉店を開いており、日本人のビジネス感覚の早さは、今に始まったことではなく、日本人独特の遺伝子と考えられる。
神戸の食品産業の一つ、灘を始め酒蔵が多く、灘五郷、今津郷、西宮郷、魚崎郷、御影郷、西郷から江戸の街に酒を運ぶ樽廻船が出ており、酒造の歴史は古くから存在している。
酒粕から作られる奈良漬けは当時から作られていたと見ていたが、明治3年甲南漬けが高島酒類食品で販売したとかかれている。意外にも神戸の酒粕を利用した漬け物の歴史は新しい。
「延喜式」には漬け物が掲載されており、当時酒は京都と奈良の県境を流れる木津川のほとりに酒を醸造した場所が残っており、漬け物は、塩、醤、酒粕から作られたのが始まりと考えられ、奈良漬けの起源とも考えられるが、灘から作られた酒粕の処理をどのようにしていたか、大変興味深い。

パンの歴史は肉店よりも古く、明治2年にイギリス、フランス人によって営業が始まり、その後そこで修行した職人が各自パン屋を始めている。
明治10年には、元町通りに二宮盛神堂でケーキ、コーヒーが販売されている。
明治15年には、ルーファルがフランス料理として営業を始めている。

神戸は明石、瀬戸内に近く、魚貝類も多く、播州は醤油のメーカーが多く、海産物を加工する日本に古くから見られる伝統的な惣菜加工品も存在している。
くぎ煮、いかなごの佃煮は天保時代から樽五は佃煮を販売しており、アナゴ寿司の青辰も天保時代にあり、佃煮、煮豆のフジッコも神戸が本店である。

和洋中華が混在したなかで食品産業が息づいているのが神戸の特長である。



食文化と文化密度の関係

京都・大阪・神戸関西三都の食文化

食生活の違いと産業構造

京都、大阪、神戸市民の食生活と環境及びメタボリックの関係