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道元の教えに学ぶロハスデザイン

 
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関西文化とロハスデザイン

三都の食生活の違いを分析し、食生活の違いから生じる精神性や産業構造の違いを 分析することによって、食習慣から作り出される生活習慣や精神性を探索し 時代の課題として検証します。

食文化と文化密度の関係

◆食育とは

-食文化の生い立ちから、食の科学とその重要性の教育-
食べることは人々が明日の命を維持するために欠かせない初歩的な一歩である。
今では当たり前に普通に繰り返されており、毎日さぼらずに食べることを教育の一つとして取り上げ、最近の学校教育ではそれが食育としている。

「人類の歴史は、人類がどのようにして食べてきたか」に置き換えることができる。
人類の歴史は、常に平和を求めているとされているが、略奪と侵略そして略奪と侵略される側が存在し、敗北と勝利の繰り返しがあり、戦争の悲惨な歴史がある。
その争いの根幹は、個人がそして種族、民族、国家が存続を賭けた食糧やエネルギー源の確保にある。
飢えを少しでも逃れる行為として、狩り、採取、漁獲が始まり、安定を求めて栽培、飼育、繁殖、養殖の歴史と共に加工技術、保存、貯蔵技術の進歩が生まれ、食品となる品種の拡大と品種の改良が進められ長期に安定して食べられる品目、品種の改良への追求が常に進められてきた。
人類の歴史は、安定した食生活を得るために、猟から遊牧、採取から栽培に、栽培から加工から保存、貯蔵、熟成、発酵の工夫が生まれ、その過程は、民族、種族、自然環境、地域によって異なる。栽培民族と遊牧民族の間には適地を求めた略奪と侵略の歴史があり、栽培技術の進歩は栽培適地の拡大を求め、保存と貯蔵の技術進歩は生活基盤の安定を作り出している。
EUや米国、南米、インド等で18世紀から19世紀まで続いた植民地政策と奴隷制度の多くは農産物の確保と農奴等の労働力として搾取した歴史である。
日本の自然循環型農業技術進歩の一つには、農民は農奴ではなく、自主的に農民自身が個々に工夫し栽培が成功すれば収益に結びついていた。
各地に残されている農業技術の違い、農機具の工夫の原点でもある。
18世紀から20世紀にかけて大規模機械化農業が米国、旧ソ連、南米地域で拡大したがその結果は多くの大地が荒廃し砂漠化、塩化し環境汚染されたままで放置されている。
地球規模の環境汚染から見ると大規模機械化農業は決して持続出来る農業ではないことが解り始めた、人類が生き延びる為には持続的農業のシステムは欠かせない要因であるが、人口の増加に対して量的に質的に安定した栽培技術は確立されていない。
人類に今何が必要であるかを教えることが食育の基本である。
曹洞宗の開祖、道元の教え、永平清規のなかの「典座教訓」に食の教えがある。
料理は、最もきめ細かく、心を運ばなければいけない、生きた修行する場として、これ以上素晴らしい場はないと諭している。
道元は、「典座和尚」を寺院内の一種の料理長として務めさしており、寺院のなかで位の高い僧侶の業としており、食から多くの教訓を示唆している。
どのような食材もゴミとなる場所はない。全てが食べられる。食べる工夫を修行として教えている。生命の輪廻を日々の食材の一片から自然界の全ての生命に連鎖し修行としている。
この教えは京都の町民文化にも長く浸透していた。
調理場から出るゴミが出ない、出さない指導が京料理の調理人の心得であり、修行であった。
道元の教え、精進料理は21世紀の始めに蔓延しているメタポリックシンドロームを改善する方法に結びつき、日本料理が世界一健康的な食生活とされている基礎を作り出している。動物性脂肪の摂取を避け、高蛋白質の植物性タンパク質の摂取量を増やし、低塩、糖分を控え、繊維質と吸収の良い穀類の摂取を進めている。

食文化の密度と文化の密度
地域の食文化の密度はその地域の文化の密度と密接な関係となって表れており、習慣的に調理され食べられていることが、調理方法の工夫を引き出し、新たな調理道具や生活道具に繁栄し、蓄積され、その地域の人々の生活密度を高め、その結果、感性や科学的能力や知識に密度になっている。日々の食生活が、科学的判断力や洞察力、工夫力、応用力を養う基礎になり、豊かな感性も育成している。

同じ品種の野菜や果物であっても、環境の少しの違いから、異なった形状や色調の違いがあり、表情をしている。
その違いは、人々の顔や体格、骨格の違いと同じであり、野菜や果実の形状と色調は、表情や表現になっており、人々の性格の違いと類似している。
食材の形状や色調は、日々変化しており、表情の変化には原因があり、意味がある。元気な人には、はつらつとした表情があるように、人と同じように、健康的な野菜や果物には美しい形状や色調がある。
形状や色調の変化の過程は、個々に違いがあり、組成の変化や熟成の進行の違いを示している。
自然環境や時季の気候、天候の変化や水質の違い、土壌の環境から得た表情があり、栽培の形態が履歴として表情に表れている。表情の違いは、組成に違いがあり、組成の違いが味覚の違いとなって表れている。
食材には顔があり、その顔には組成の違いがあり、履歴がある。組成から作られた履歴には科学的根拠が潜在しており、科学的分析によって素材を一層理解する要素に結びつく。

素材の質は、自然環境の天候と時効、土壌の環境と品種の播種する時季によって違いがあり、栽培履歴によって味覚の違いが作られる。同じ類似した素材と品質でも、調理する地域の水質と調理する火の質、調理人の技法によって味覚は異なる。
味覚の違いは、基礎的な栄養成分の構成に違いが生じる。
生物が環境によって形状、色調、栄養成分に違いが表れるように、日々食べる食材の内容によって、血液、細胞に変化が生じ、健康にも不健康にも変化することが理解できるはずである。
健康的な食文化が継続していることは自然環境に委ねた結果であることが多いが、21世紀は科学的な分析が蓄積されており、健康的な食生活が持続できることは食文化の密度が高く維持されたことを示す。
各地の水の質と火の質が作る文化
水の質によって作られる味覚は、その地域の調理技法として経験的に引き継がれていることが多く、火の質によって作られる味覚は、調理人の経験から来る感性によって引き継がれていることが多い。
地域の味覚の違いには、調理技法の違いがあり、調味料やレシピの違いがあり、継続されている調理技法には、美味しく作られる要素があり、科学的根拠が明確に存在している。
素材の種類とその調理の技法の密度が高い地域には、調理のおもしろさを知り、おもしろさを科学的に説明できる根拠を生み出している。
その結果、地域の文化として発展している。
食文化の発展性が芸術や科学の次への創造性や工夫する力、応用力を養う基礎と密接な関係がある。
食生活には地域性があり、その違いは、食べる人、調理する人、地域の食材とその品質、経済的な基盤と自然環境に左右されている。
食べる人の味覚に対する感性と経済力、調理する人の創造性と味覚を演出する感性、調理する食材の入手と経済価値が一致しなければ、豊かな食文化は継続できない。
豊かな食文化によって、密度の高い調理技法や加工技術が継続されている地域は豊かな文化が作られ継続されている。
豊かな食文化は、健全で健康的な文化を創造し、決して飽食ではない。食文化は豊かな感性を持つ人々によって作られ、食べる人、調理する人の感性が整合し、生活文化のなかで経済的に安定しなければ、継続が出来ない。
豊かな食文化と文化の密度は一体になって育み、継承されていく。
食育は、地域の文化の基礎を作る。



食文化と文化密度の関係

京都・大阪・神戸関西三都の食文化

食生活の違いと産業構造

京都、大阪、神戸市民の食生活と環境及びメタボリックの関係