元来、調理は、科学的な要素を経験から創造し体験的に、築きあげられている。煮る調理も、魚の種類や大きさ、厚さ、脂肪の質で、切り分ける大きさを決め、加熱バランスを判断し、包丁を入れ、熱伝導を均一にする方法を工夫している。食材を無駄にしない工夫と味覚を引き出す工夫が随所に見られる。小魚の川魚でも、小鮎、もろこ、小鮒は煮方を変えている。小魚を煮るにも、頭が取れたり、腹が割れたり、尾が取れることを好まない。煮くずれしない形状や色つやを大切に生かし、美しく煮上がる姿を好む。鯖と鰯やアナゴになると全く煮る方法が異なる。青い魚、白身の魚によっても違う。魚の固有の香りや肉質の硬さ、骨を食べるのか食べないのかによっても煮る方法や調味料を変えて味付けをしている。煮上がった姿や形によって、かぶと煮、姿煮、甘露煮等の呼び方があり、煮る作業の工程では、にきり、(料理に利用するみりんや酒のアルコール類を量蒸発させる方法)煮転がし、(こいも等を転がしながら煮込む方法)煮込む、煮和え、煮染め、煮出し、煮浸(にびたし)等実に細部に分かれた加工技法が作られており、それぞれに意味があり、その技法は、味覚を引き出すためであり、具材の生物的要素を引き出している。食材の豊富さとその食材の味覚を整え熱を加える技法の工夫は、合理的であり科学的である。出来上がった調理品には、煮魚、煮豆、煮豆腐、煮野菜のそれぞれ名前が付いており、その名前には地域性もある。加熱する言葉の違いがあるように、それぞれの地域で加熱技法の違いがあり、火加減の技法から鍋の深さや土鍋、鉄鍋、だけではなく、網やざる、なか蓋、木や金属のしゃもじ等の道具が考案されている。火加減の強弱によって、どの時期に食材を入れるか、どの時期に取り出すか、沸騰させるのか、沸騰させないのか、食材の水分を減らすのか、出汁を含ますのか、出汁を切るのか実に細やかな選択している。調理方法の選択には、素材の持つ特性をどのように引き出すかを工夫しており、日本料理の基礎には、季節季節に収穫される素材の成分から、旬の素材を生かし素材が持つ味覚をどのようにして引き出すか、その工夫が大きな特長である。水加減と火加減による味覚だけではなく、食感や香りを引き出す工夫も加わっている。調理の工夫と創造する密度が深いほど、食文化の密度として地域に根付いており、味覚を引き出す工夫とその種類が豊富なことが栽培される品種や品目を育み、調理の工夫が一層摂取する人々の感性に呼び掛け、熟成され、成熟した文化を形成させる根底になっている。日本各地には、調理の水加減と火加減の工夫、出汁の取り方の工夫、調味料の醤油、みりん、味噌、酢に地域差があり、繊細な藻野付を好む地域、豪快な盛りつけを演出する地域など様々であり、その差は最盛期に獲れる魚種が影響している。太もの、マグロや鰹の多い地域、ブリの地域、シャケやマス、サンマや鰯、鯖の多い地域、ニシンやはたはたの多い地域、鯛、ヒラメ、カレイ、などによって分かれている。多くの調理人は、一定の修行の経験があるが、演出する料理には地域差があり、家庭の主婦の調理は、家庭家庭に違いがある。毎日の調理に利用する火力の習慣には家庭の差よりも地域格差が大きく見られる。京都と大阪、神戸わずか100kmの近隣地でも違いがある。京都は家庭のなかでも、火力を抑えてとろ火の利用が多く、大阪は比較的、強い火力を好む、火の通りが早く少しこげる香りを好む、神戸は、バターやチーズの香りを好み、明石から播州にかけて春の名物いかなごのくぎ煮は播州地域独特の味覚である。現在の日本料理の基礎的な形は、平安時代に公家社会によって、調理の技法が進められたされている。その後、幕府足利義満によって室礼、儀式が料理にも重んじられ、光孝天皇が中納言藤原山陰卿を起用し包丁式を定め、四条流包丁式のはじまりとされている。有職料理の始まりである。この時代に始めて、調理に、形式や作法を重んじられたれた。調理の方法に形式や作法が作られたことは、当然、食べる、形式、作法や儀式が生まれ、調理道具と同時に室の形式、室らへと共に器とその盛りつけの形式が生まれている。主な日本料理には、
火と文化
火の性質と調理加熱
火とエネルギーを考える